過去の恥ずかしい記録をまとめました。

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-過去ログは古い順に並んでいます-

2007年7月5日(木)

なんでやねん・・・。


 せっかく本調子で進んできた〝PAC3〟(仮名)の開発が一時中断することが会議で決まった。「なんでやねん」である。

 3月に中断していた〝G30〟(仮名)の方を先行するらしい。揺れ動く営業と社長の心境やね。でもまぁ、しょうがない宮使いの悲しさ。従うしかおまへん。

 しかし、4ヶ月も中断していたプログラムの内容なんて、頭の中はとっくに〝PAC3〟に置き換わっていて消え去っとるぞ。どうすんね。休み返上で開発ドキュメントとソースプログラムを見て思い出すしかないか・・・。

 こういう突然の変更に対処すべき自分の作ったソースプログラムには、ものすごい数の注釈を入れているのだ。でないと数年後に仕様変更!なんて指令が突然やって来るからね。
 私のソースファイルを見た人は絶対に驚くと思うよ。プログラムのコーディング部分より注釈の方が多いぐらいだからね。。。。( ´艸`)ムププ

 ソースファイルの注釈以外に、数年後の自分に対して多分忘れているだろうなという部分には、より多くの説明と、どうやってそのような方法を思いついたのか、どのような仕組みでそうなっているのかを別のファイルで開発ドキュメントとして残している。まぁ、開発にいたるまでのこと細かい日記みたいなものだ。

 これらのドキュメントは会社では作れない。のんびりやっている暇(時間)がないので、仕方無しに休みの日や帰宅後にコツコツやっている。
 今回の〝G30〟の再開のような時のために絶対に必要なのだ。
 備えあれば・・・なのだ。




2007年7月10日(火)

うれし、楽しいアートワーク・・・。


 今日から再開した〝G30〟(仮名)のアートワークを始める。アートワークというのは製品化するプリント基板のパターンの設計をすることである。技術者の少ないわが社ではボードの回路設計から試作、CPUのプログラミング、プリント基板のパターン設計、はたまたマニュアルまで一貫して私がやっている。やらなくていいのは量産計画と部品調達と営業ぐらいかな。もう無理、これ以上は堪忍してください。

 ま、その中でアートワークがいちばん楽しいが、新たなる緊張もある。試作ボードで回路は正常に動いているのでそれをプリント基板上に展開すればいいだけ・・・って、これがけっこう難しい。

 知らない方のために、プリント基板ができるまでの工程を簡単に説明しようかな。
 まず、プリントパターン用のデザインソフトをWindowsマシンで立ち上げて、スケマティックというアプリケーションで回路図を書いていく。さすがにここは人間が考えなけばいけない。ここまで自動化されたら私の仕事が無くなる。

 次に書いた回路図をネットリストというものに変換する。
 ネットリストというのは、ある部品の何番ピンと別の部品の何番ピンとが接続されているという情報のことである。回路図どおりの部品のピンとピンの接続情報ができあがる。もちろんこれはキーボードを〝ポン〟と押すだけで機械がやってくれる。

 できたネットリストを今度はPCBアプリケーション上で読み込む。コチラのアプリケーションには、わが社で使われるであろう、ありとあらゆる部品の正確な大きさとピンの数、基板に差し込まれるときの穴の大きさ、電源ピンの位置などの情報が入っている。その精度は驚くものである。だいたい0.00001mmまで分解できる・・・が、そんな精度の基板は作ったことがない。いいとこ0.02mmほどである。

 ネットリストを読み込むと画面上の1ヶ所に部品が、グチャグチャ、ガチャガチャと現れる。そらそうだ、まだ部品の配置が決まっていないので、とりあえず、使用される部品が全部1ヶ所に固まるのである。それをマウスでひとつずつ移動させて配置していく。

 面白いのはこの画面に出ている部品どうしのピンとピンのあいだは、先ほどのネットリストの情報がラッツネストという線で結ばれている。部品をどこへ持って行こうと、どう回転させようと、そのラッツネットは付いてまわる。そう、どことどこを繋いでいるかの情報は、部品をどこに持っていこうが変化しないわけだから、蜘蛛の糸のようにズルズルついてくるのだ。それを見ながら最適な場所に部品を配置していく。
 よ~できている。コレ考えた人は天才やね。

 ラッツネストを参考に部品の配置をしていくのだが、それでもやたらめったらと置けばいいってなもんじゃない。パターンの這わし方を考えて配置していかないと、あとで 「すみませんパターンが通らないのでジャンパーにします」 なんて、ゆった日には・・・間違いなくクビだ。基板のデザイナーにとってジャンパー線は自分の首を絞めるための電線になってしまうのだよ。きびしいよ。つらいよ・・・。でも、この作業がいちばん楽しい。ほとんどパズルゲーム感覚である。

 今回の〝G30〟は脅威の部品点数なので・・・(少ないということ)パターン廻しも楽勝モンだぁ。




2007年7月13日(金)

ど、へぇ~。13日の金曜日だ・・・。


 ようやく〝G30〟のアートワークが終わったとこで、本格的なテストランをしたいとこなのに・・・な、なぬ~っ。次のターゲットが来るって?
 なんでそんなに速いペースで次のが来るのぉ~。まだ〝PAC3〟のテストランもしてないし、追加機能も入れていないというのにぃ。だ、大丈夫かほんと。3機種同時進行するのでっか。わての頭は1個でっせ。
 興奮すると大阪弁になる、私だった・・・。

 やっぱり、今日は13日の金曜日だぁ~。ちなみに無宗教ですが・・・。





2007年7月18日(水)

きた、来た・・・。


 次の開発ターゲットの機種〝SH2〟(仮名)がやってきた。〝SH2〟というのは次の対応機種の仮名であって、日立のCPU〝Super HITACHI〟とはなんら関係ないのでお間違いなく。
 SH2も別環境でだけ動く機械なので、コチラの環境でも動くようにするためにはコントロールボードが必要になる。その部分を作るのである。
 例のごとくコチラが使用する7セグメント表示器のコモン信号を乗っ取って、コチラのボードの表示データを転送させるように回路を考えなくてはいけない。
 コモンはアノードコモンで8出力のソースドライバーに接続されている。前回の機種の時は3桁の7セグメントが付いていたのに今回は2桁になっている。なぜかな?と思って表示器の数を数えたら8個だった。なるほど、ソースドライバーのチャンネル数に合わせたのか。ここでも、経費削減がされているわけやね。

 パネル部分の回路を解析すること小一時間。だいたい構造がわかってきた。7セグメント表示器のコモンは3本のバイナリ信号を74HC238で8本にデコードされており、こちらのボードが使用する2桁の7セグメント表示器のコモン端子のデコード値は6番と7番だった。
 よかった。バラバラだったらたいへんことになっていたとこだ。これなら簡単に融合可能になると思う。他のI/O部分はすべて5V系で簡単に済みそう。やれ、やれ。

 まず3本ある0~2のバイナリの入力信号のうち、1と2のANDを取って、出力が0~5番の時と6,7番の時に分ければよい。原理は簡単。出力が0~5に出ているときは、バイナリ入力1か2のどちらかが必ずLoになっている。出力が6か7の時はバイナリ入力の1と2共にHiになっている。なのでANDを取れば出力が0~5の時はLoで、出力が6、7の時はHiになる。というわけ。意外と簡単でしょ。利用する出力が6番と7番に連続していてくれたからだけどね。これが4と7とか飛んでいたらえらいことになっていた。
 あとは、このANDの出力がHiの時は表示器のデータをコチラのボード側で作ってやり、Loの時はターゲットのデータへ切り換えてやれば、その表示器だけにコチラの表示が出るというアンバイである。しめしめ。

 と、ここまできてハタと困った。AND1個のためにICを追加するわけにいかない。そんなことしたら部品が増えてしまって社長の怒りを買うこと間違いなし。ここらが趣味の世界と異なるところ・・・。苦しいね。厳しいね。
 しかたないので、こういう時によく助けてもらったダイオードロジックを採用してみることにした。ダイオードANDというわけだ。

 以前から部品が足りない時や完成基板上でダイオードORは使用していた。今回もこの手で行こう。ただ、心配なのはスピードにダイオードが対応するかどうかである。出力信号が鈍ったり遅れたりしては意味が無い。

 早速、バラック配線でテストしてみたところ・・・。おみごとですね。デコード信号は1mSほどの速度なのでまったく遅れも無し、信号の衰弱も無くてバッチリ動作している。74HC238のデコード時間の方が10μSほどの遅れが出ているぐらい。恐るべしダイオードロジック。

 これで、部品の追加無しで回路ができそうだ。あとは7セグメント表示器にゴースト現象が出ないことを祈るだけだ。
 とりあえず明日中には回路図を仕上げてしまおう。





2007年7月20日(金)

ひゃぁ~。緊張する・・・。


 今日は昼から新ターゲットへの去年から販売している〝PAC2〟(仮名)の対応テスト。(今はアップグレード版の〝PAC3〟を開発中。中断しているけどね・・・)

 うまく動けば万々歳。だめだったら、それ専用にプログラムの変更をしなければいけなくなる。また取り付け方法のマニュアルも作らなければいけない。その二つを夕方までに仕上げなくてはダメなんだって。はぁ。いつもながらハードスケジュールやね。

 ということで、いまやっている〝SH2〟(仮名)の開発は急きょ一時中止。これでまた頭の中が混乱する。一度に何本ものプログラムは平行して作れないって・・・。まいったな。

 グチをこぼしてもしょうがない。
 もし〝PAC2〟が新ターゲットでうまく動かなかったら、あそこの部分をこうして、ああして、と頭の中を動かす。それよりプログラムの変更でも対処できなかったらどうしよう。うぅぅ。緊張するぜ。

 新機種への対応とは、例によって詳しくは書けない(守秘義務なんす・・・。)が、ある環境でしか動かないマシンに、わが社が製造販売している〝PAC2〟(仮名)ボードを配線すると、別の環境でも使用できるマシンに変身するというもの。新機種のマシンが出てくるたびに、それに対応しているか調べなくてはいけないのだ。さらに対応しない時は何とかしなければ、お客さんが 「アンタとこのは使い物になりまへんなぁ。もういりませんワ」 となって、社長から「ばかもの!」と叱られるのである。

 センサー部分の勘違いで少し時間が掛かったが、〝PAC2〟は新機種にも対応してくれた。
 次に大急ぎでマニュアルの制作に入る。機械内部の写真を撮って、イラストレータで作っていく。時間は迫る!ひぇ~。

 と、とりあえず時間内に作業がすんだ・・・。疲れた・・・。こんなことを続けていたら体が持たんって。
 うまく対応してくれたからよかったものの、動かなかったらどうなっていたことやら。やれやれ。今日もビールが美味いだろね。





2007年7月21日(土)

やっとイメージがついたよ・・・。


 このホームページのトップをイメージチェンジしてみた。今までのと違ってずいぶんとシンプルな感じに仕上がったけど、さっぱりしていていい感じ。フラッシュも控えめにして、上のほうで〝ちょっぴり〟と遠慮ぎみに動かしてある。
 あれ、ちょっと待ってよ。トップページのイメージが変ると他のページとの調和がとれないね・・・。 おいおい、他のページのイメージも変えなあかんの・・・? げぇ~。しんどいよぉ~。




2007年7月22日(日)

やっぱ、これは・・・。


 トップページをイメチェンしたら、他のページがすごく貧弱で、とてもじゃないが見れない。恥ずかしいかぎり。
 それと、過去ログの3~6月のデータが、まだタグ化されていないので見れない・・・。申し訳ないっす。
 
 今年の夏休みは、これに掛かりっきりになりそうだな。




2007年7月23日(月)

始まったよ・・・


 ここのホームページの改修工事はまた週末にということで・・・

 今日から〝SH2〟の試作を始めた。重要な部分の回路はおおかた固まっていて、すでに木曜日には回路図を仕上げていたので朝から開始だ。
 さぁ、サクサク行きましょう。

 しかし、試作基板の制作というのは地味な作業だな・・・。
 蛇の目基板(ユニバーサルボード)に部品を差込み、部品どうしを細い電線で繋いでいく。もちろん半田付けで・・・。机の上がキーボードとマウスと半田ごてのケーブルで、もつれまくっている。あははは。

 何かの本で読んだが、半だ付けをする作業が嫌われていて、技術者が減ってきているらしい。たしかにスマートにコンピュータで作り上げていく時代かもしれないが、小規模ボードの制作では、どうしてもこの工程を通らなくてはいけないよな。試作ボードも即アートワークから始められたら楽になるだろうけど、開発コストが跳ね上がるだろうな。うちではムリな話である。コツコツやるしかないね。




2007年7月25日(水)

ひぃ~・・・


 〝SH2〟の試作が完成した・・・。と思ったら、次は〝G30〟ボードのアートワーク後のデータを基板製造会社へ送るためのデータ作りだ。

 アートワークが終わったら基板が完成・・・ではない。今度はこのデータを基板の製造会社に合わせた仕様に変換する作業が残っている。
 ガーバーデータというが、これはアートワークデータから機械が自動的に作ってくれる。しかしここがいちばん緊張する。間違ったデータを渡すとまともに動かない基板が出来上がってくる。基板屋さんは渡されたデータ通りのモノを作るので、それが間違っていようと容赦ない。知らんふりである。
 そらそうだ。基板屋さんにとってそれが間違っているかどうかは知らないもんね。

 回路図からアートワークをしているので、回路図が間違っていらアウト。ま、これはよほどのことがない限り起きない。試作のときもその回路図を見て作っているし、アートワーク後の検図も回路図と試作ボードから検証するから・・・。

 何を間違うことがあるかというと、まず部品の穴の大きさだ。大きい分ならまだしも小さかった場合、部品が入らないというトラブルが起きる。これは致命的。正しくパターンが這っているのに部品が入らないのだ。

 次に部品の大きさの勘違いで、実際に部品を差し込んでいくと隣通しの部品がぶつかって差し込めないというトラブルもある。
まぁ。このあたりは基板設計をやりたての頃はよくある話。恥ずかしいが私も昔やってしまっている。エッジコネクタを間違って逆に見て、裏表反対の基板を作ってしまったことがある。

 なので、基板製造会社へ送るデータ作りの時は、トラウマのようになって身がすくむ。発泡スチロールにアートワーク済みの実際のパターンを印刷した紙を貼り付け、そこに使用する部品を差し込んでみて部品どうしの距離は正しいか、間違った方向に来ていないか何度も確認する。
 1個ずつ部品の穴径を確認して差し込めるか何度も何度も確認をする。機械(デザインソフト)をアテにすると、あとで痛い目に合う。何度も何度も見る。確認する。調べる・・・。しんどぉ~。
 それでも、安心できない・・・。基板が出来上がってくるまでは怖い・・・。




2007年7月26日(木)

マニュアル作りも楽じゃない・・・


 今日から〝G30〟のマニュアル作りに入る。〝G30〟に関しては試作機でテストランを続行しているが、今のところバグは出ていない。なので、量産基板が納品されるまでは、テストランと平行してマニュアル作りを行う。

 しかし、マニュアルというのはみなさん読んでくれてるのだろうか。ほとんどの人が読まずに、すぐ電話サポートに飛びついてるような気がする。大体のことはマニュアルに書いてあるので読んでくれればいいのに・・・。

 電話サポートで伝えると「あぁぁ。こんなところに書いてありますね」とか言ってくる。「ちゃんと見んかい」っと言い返したいが、お客様相手に乱暴な口はきけない。「他にも重要なことが書かれていますのでいちどお読みください」といって電話を切る。

 悲しいことに、私の書くマニュアルは解り辛いと社内では評判だ。がははは・・・。
 なので、今回は他のスタッフと会議で要点を決めることなった。
 そんなに信用無いの?  ちと、ショック・・・。
 それならマニュアル作りから外して開発に専念させてくれよ・・・。


 マニュアルは文章が多いと嫌われる。でも削ると「書いてない」と叱られる。どうすればエエねん・・・。と、スタッフからもグチがこぼれる。・・・へっへ~。そうだろ。いつも私が苦しんでいるのがわかるだろ。

  結論。

 骨組みはやはり私に任せることに・・・。いちばん理解しているから・・・だそうだ。
 ば~か。結局みんな逃げてるじゃんか。

 すったもんだの会議で、前半に画像を多用して文章は短く簡潔に書いて、補足的な詳しい説明を後半に持って行く方法で、とりあえず枠組みだけを私が作成して、それ以降はもういちど会議で修整することになった。

 なんか腑に落ちないが、とにかくやってみましょう。





2007年7月29日(金)

製造工程・・・


 マニュアル作りが始まったということは〝G30〟の製造工程も終盤に入ったことになる。
 図で説明すると下のようになる。

量産基板のアートワークが終わり、基板の発注が完了すると、もう後戻りは出来ない。そのためハードウエアの不具合はアートワーク完了前に済ませておかなければ、あとでひどい目に合う。
 アートワーク終了後のテストランはおもにソフトウエアのバグの発見に努める。

 プログラムの不具合は量産基板の納品が完了して、販売開始寸前までテストランを行って不具合が発見されれば、そのつどつぶしていけばよいが、この間でハードウエアの不具合が見つかったり、アートワークの間違いが見つかると多分心臓が止まると思う。

 大手の企業ではいきなり量産に入らずに、アートワーク完了後の試作基板を作って、それをテストしてから量産に入るが、わが社は経費削減と開発工程短縮のため、こんな危険な賭けををやっている。

 心臓の悪い人はこの仕事には向かないのだ・・・。ホントだよ。発注した量産基板が全部〝パァ〟になる。





2007年7月28日(土)

夏はやっぱり暑い・・・


 我が家は立地条件が川原の近くだからか、夜は涼しい。だからうれしい。扇風機無しで寝られる。寝床は兵庫県と大阪府のあいだで、軽井沢でも富士山の麓でもないがゆっくり眠れる。
 でも起床時間は今日も6時前だった。これは悲しい。休日なのにこんな時間に起きるなんて・・・。

 別にペットに起こされているわけでも、ゴルフへ行くのでもない。

 あぁぁ・・・そういえば、むかし昔。大昔。 若かった頃。ある会社の社長さんに呑みに連れて行ってもらった時 「君はゴルフは好きかね?」 と尋ねられて、バカ正直に 「大嫌いです!」と即答して、その店のクーラーの設定温度よりも10度は下げてしまった事がある。あぁぁぁぁ。なんちゅうことを口から出してしまったんだろう。ちゃんと答えられたら、人生変わっていたかも知れないのに・・・。

 ま、過去のことはもうよい。それよりもこのホームページのリニューアル工事の方が先決だ。こんなんだから早朝から眼がさめてしまうんだな。

 とりあえずクーラー無しで扇風機だけで、朝からがんばっていた。ゆっとくが、クーラーが無いんぢゃないよ。ちゃんと部屋の後ろの壁に張り付いている。でも、クーラーは嫌いなんだ。

 何が嫌いかというと、クーラーの部屋から出たときの温度差が嫌いなんだ。頭から分厚い毛布に包まれたような、あの息苦しさが大嫌いなんだ。死ぬほど嫌い。だからどんなに暑い部屋でも平気で扇風機一丁で耐えられる。

 でも、今日はクーラーをつけてしまった。なんでつけたかというと室温が36度超えたからだ。そりゃ暑いから耐えられなくなったんだろって? ノンノン。違うよ・・・。
 使用しているパソコンが熱暴走によって、作業中の大事なファイルが壊れるのを防ぐためサ。
 あはははは~。 ほんと、アホですね。私って・・・。

 ちなみに雷が鳴り出すとすぐにADSLのケーブルを引っこ抜く。これも、雷サージでモデムが壊れるのを防ぐため。

 そりゃぁ~。毎日、静電気やインダクタンスサージで壊れる機械を見ていたらこうなるって・・・ほんとです。




2007年7月29日(日)

夢は己の精神モニターなのぢゃ(1)・・・


 変な夢で目が覚めた。午前5時20分だ。内容の異なる2本立ての夢を見ていた。起きた時ははっきり覚えていたのに、今はほとんど覚えていない。でも2本とも結構楽しい夢だったのは覚えている。

 しっかし、今日は5時起きかよ・・・。

 夢はよく見る。それも怖い夢はめったに見ない。ほとんどが楽しいか、おもしろい感じのモノを見る。自分の笑い声で目が覚めることもある。お気楽なんすねぇ。

 ときには〝へ~。よう出来てるなぁ〟という企画されたような、起承転結がはっきりしていて、ラストにはオチまで付いているモノもある。

 そんな朝は思わず「あ~面白かった」と言って布団から出る。ほとんど映画館から出てくるお客さんの気分だ。

 信じてもらえないかもしれないが、夢なのに話の内容に説得力があり、ちゃんとストーリーが完結していて、エンディングのオチが終わってから眼が覚める。
   ・・・不思議でしょ。
 あ、エンディングロールは無いので・・・あとBGMも無いよ。あったら病院へ行くことにする。

 たぶん普段から、ドラマや映画を見ては 「そんな終わり方せんと、もっとこうした方がエエんとちゃうの・・・」 なんて、エラそうに画面に向かって呟く癖があるからかも知れない。うちのカミさんは役者がどうのこうのとゆってるが、安もん役者なんてどうでもいい。ストーリーと映像の表現方法や効果音にしか興味が無い。

 それとも・・・こんな夢を見る原因は 「あんたの企画モノは、いつもつまらんなぁ」って常に言われ続けてるから?   とほほ・・・。

 夢というのは、自分の遠い過去から昨日までのあらゆる記憶が混ざり合って、現在の精神状態がバイアスになって、それが映像化されて走馬灯のように流れていくようなもんでしょ。
 違うかな? 精神科医ではないのでよく知らないけど・・・。

 ぢゃあ。なんであらかじめ企画して作られたような、ちゃんとしたエンディングまである夢を見ることがあるんだろう。夢を見る前に脳の中で、ここはこうして次はこいつを持ってきて、ラストはこうやって締めたらウケるぞ・・・。なんて組み立ててから夢がいっきに上映されているんだろうか。ま、こんな出来のいい夢を見るのは年に1~2回あればいい方だけどね。


【UFOが出る夢】______

 たまには怖い夢も見ることがある。怖いといっても恐怖映画のような血が飛ぶとか、人が死ぬとかのナマ生しいのは皆無だ。

 なんか、自分の頭の中をさらけ出しているようで、木っ端恥ずかしいが・・・。
 UFO・・・なんす。
 〝ぷぷっ〟って、いま笑ったでしょ。でもしょうがない。必ずUFOなんだもん。

 雲ひとつ無い晴天の真っ青な空をバックにビルの一室にいる私・・・。ふっと、窓を見ると。青い空に真っ白で奇怪なカタチをしたUFOが〝シュッ〟っと音もなく登場。
 それを見た私は何故か一瞬、恐怖感を感じる。
 UFOは現れた時と同じように瞬間に消えて、また違うカタチをしたUFOが別の方角から〝シュッ〟と出現。

 何度か繰り返しているうちに、空はUFOだらけに。そうなると何故か恐怖感は消えており 「そう来たらこっちはこうしてやる」 とばかりに、ビルの別室へ逃げたり地下へもぐったりするが、何気なくどこかの窓を見ると、でっかいUFOがそこからコチラを覗くように現れる。思わず 「かかってこんかい!」 と叫ぶ。

 こんな夢を見るときは、だいたい新しい開発が始まった時なんだな。

 解り易い自分が恥ずかしい・・・。えへへ。





2007年7月30日(月)

一夜明けて・・・


 月曜日だ。朝から会議だ。そうです。例の「マニュアル作りだよ。全員集合・・・」である。
 とりあえず、書きたいことはまとめてイラストレータで入力してある。それをスタッフ集まって、よってたかってピーチクパーチク、あーでもないこーでもないと言い合うのである。
 まぁしかし、ほんとにどうでも良いような細かいところを突くなぁ。しんどい。もう、好きにしてくれの気分だ。
 日本語の添削はスタッフに任せる。あたしゃ、今日は〝SH2〟の試作基板の動作チェックの方で頭が一杯だよ。

 午前中に会議終了。マニュアルの原版が出来た。それを仮印刷して配られた。でも、見ていない。内容はわかっているし、どうせ文章の細かいニュアンスが変っているだけだろうし・・・。

 昼食後。出来上がった〝SH2〟の試作ボードの検図を始める。回路図どおりのものが出来ているか調べるのだ。ここで、試作ボードと回路図に違いがあると、基板のアートワークの時に異なるものが出来てしまうので慎重にやらなければいけない。

 検図後、本体マザーユニットの所定のフラットケーブルのコネクタを抜き、その中間に〝SH2〟ボードを差し込む。逸る気持ちはあるけれど、まだ電源は入れないよ。
 間違っていたら、本体もろともドッカ~ンだ。本体の価格は多分3~40万円・・・。それが一瞬で〝ボンッ〟となるからね。

 去年のいまごろだったかな? 45万円もする〝PAC2〟が取り付けられるマザーユニットの電源ラインを間違って配線したまま、よく確認もせず通電して・・・。
 〝ボフッ〟っと煙を吐かせてご臨終させた、恐怖の一夜が蘇る。
 煙を吐いたところはマザーボードの電源基板で、運良く社内に常備してあるパーツだったので交換して事なきを得た。
 ひぃ~。思い出しても冷や汗もんだぁ。

 電源を入れる前に最終チェック。

 「ぎょぇ~」 叫ぶ。

 DC24VのラインとI/Oの一本がタッチしている。やばいっすよ。このまま通電していたら、ぜったいにこの部分がぶっ飛んでいたはず。
 ひゃあ~。汗びっしょりだ。

 タッチを外して、意を決して通電する。

 マザーユニットが立ち上がる。異常は無さそう。
 とりあえずすぐに電源を切ってもう一度チェック。どこも問題は無さそうだ。
 ひぃぃ~。と、とにかくよさそうだ。

 次にロジアナと〝オシロスコープ〟を当てて各部をチェック。
 パネル部分のスイッチの入力信号は正常に来ている。ただ、7セグメント表示器の表示タイミングがおかしい。表示されてはいけない時に薄っすらと数字が表示される。なんでやろ? 回路に間違いがあるのかな?

 トランジスタアレイに2003を使用しているが、その出力電圧が1V以下にならないのが原因らしい。そうだった。こいつはダーリントン接続のトランジスタアレイなので、それ以上下がらないことを忘れていた。
 う~ん困ったぞ。この電圧で後続のトランジスタがわずかにON状態になって、消えてるはずの表示器が薄っすらと点灯してしまうのだろうな。

 ようは、1V以下になったら後続のトランジスタがOFFになればいいのだ。なら、ここにに2V以上のツェナーダイオードを入れてやれば、その電圧以下になればツェナー効果がOFFになるはず。

 早速、回路変更。
 2.4Vのツェナーダイオードがあったのでそれを入れてみた。

 良好、良好。薄っすら点いていた表示器は消えた。
 よっしゃ! コレで行こう。

 ここからあとは16F877でコントロールしてやらないと、データの表示やマザーユニットのコントロールはできない。あとは明日からの作業となる。

 まぁ。今日はヨシとしましょう。ビールが美味いだろう。