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【ツインズさまにはあらがえない】 作:雲黒斎草菜(利用規約

《第一章・ケミカルガーデン》




【ツインズさまにはあらがえない】』 作:雲黒斎草菜(利用規約
2017年 7月10日(月)

冬休みの宿題


「2300年。温暖化現象をおざなりにした人類は、恒温霧湿帯という終局の領域に地球を沈めた。それはカビ毒に侵されたケミカルガーデンと呼ばれる地獄である……と。なるほどねぇ……」
 溜め息を混ぜて言う。
「へぇ。何の写しか知らないけど、うまい文句を考えたもんだな、村上」
『へへ。写しじゃねえよ。オレ様が考え出したんだぜ』
「ウソつけ。と言いたいが、今回は感謝するよ」
『感心するのはメールの最後まで読んでからにしてくれよ』
 と、携帯電話の声に促されて、俺は元の場所に目を戻した。

「おっけー。なになに……?」


《21世紀には赤道周辺にしかなかった熱帯雨林が、温暖化による気温上昇に伴い、24世紀には北海道のさらに北にまで広がり、日本全体は背の高い密生植物の茂るジャングルの中に沈んだ。最も寒い月の平均気温が35℃。夏場になると50℃を平気で越える。だが熱帯雨林に埋もれたとはいえ、それは充満する二酸化炭素濃度を減少させる空気浄化の頼みの綱でもあったのだが、気温の上昇は留まることなく、ついには赤道付近の熱帯雨林が砂漠化するという現象が起きた。その結果高温に熱せられた水蒸気が極へと流れ込み、極端に湿度の高い領域が広がった。それがケミカルガーデンだ。

 ケミカルガーデン。
 まるで楽園のような響きだが、これは誰かが言い出した言葉が一般化した名称で、正式には恒温霧湿帯(こうおんむしつたい)と呼ばれる土地のことである。
 ここでは一年を通してほとんど気温の変化が無く、地上で最高60℃、上空へ行くほど高くなり70℃にもなる。こうなると雨が降っても水滴として地上まで落下せず、途中で蒸気に戻ってそのまま漂うという。湿度は常に100パーセントを超える過飽和状態で、もはや普通の植物は生存できない。地面は極彩色のカビがびっしりとはびこり、地上を覆い尽くす見たこともない巨大な菌類が染色体異常を発症させるカビ毒を吐き散らし、ことごとく魔物へと変異させられた生物(せいぶつ)がのさばる異世界。
 つまり――、
 ケミカルガーデンは人類にとって、無価値で見捨てられた領域なのである》


「すげーよ。村上。この文章、どこからパチってきたんだよ。これで俺たちの宿題は完璧だな」
『うっせえ。こんどは修一の番だからな。禁止区域とは言わねえ。せめて準禁止区域あたりのカビの写真でも撮ってきてくれ。ソレを添えて出しゃぁ。補習授業の宿題はばっちりだろ?』
 フィルムフォンから流れる出る声にうなずきつつ。
「それさ……。ネット上の写真をコピペしたらだめ? 準禁止区域なんて怖えよ」
『だめだ。リアル感がない。やっぱ危険を冒しましたというインパクトが無いと変異体生物の先生は納得しないぜ』
「だな。あのオッサンはリアル主義だもんな。授業のために本物の変異植物を見せんだもんな」
『ケミカルガーデンまで行けとまでは言ってねえよ。それに冬休みなんだし、耐熱スーツ無しでギリ行けんだろ? 町外れの原っぱ行きゃぁ、何かあるぜ』
 そう言い包められると何も言い返せない。
「だけどなぁ……」
『何を迷ってんだよ。オマエ行ったことあるんだろ? オレは生まれてこのかた、この町を出たことがないんだ。だったらお前が適任だろ?』
 小学校時代。親父(おやじ)のヤロウが経験を積めとばかりに、怖がる俺を連れて行ったのが甲楼園駅周辺の準禁止区域さ。



 そんなこんなで。
「気が進まないな……」
 電車(リニアトラム)に揺られながら、憂鬱な気分でフィルムフォンの画面を眺める俺は、山河修一(さんがしゅういち)17才。冬休みだというのに物騒な領域へ向かう高校2年生だ。

 今期の変異体生物の授業で補習が決定したのは俺と村上の二人だけで、担当教師から恒温霧湿帯の研究論文を二人協力して書いて来いと言われたのさ。で、国語の得意な村上が文章を担当して、俺が現場へ赴き何らかの資料写真を撮るという損な役が廻って来た。

 なぜ憂鬱なのか。
 理由その1。
 治安が悪いからだ。
 駅周辺の店舗から離れるとすぐに準禁止区域だ。昔あった都市の廃墟とジャングルが混在する地域。つまり無法地帯さ。金品を巻き上げられ、丸裸にされた上に命まで狙われる。助けを求めたって警察はやってこない。だって今の地球は非常事態宣言を出してんだ。地球全土がだぜ。そんな危険なところへ行く者が悪い。これに尽きる。

 理由その2。
 準禁止区域を越えて行くと、そこから先は正式な禁止区域、ケミカルガーデンとか恒温霧湿帯とか色々な呼び方はあるが、そこが超危険地帯で変異した生物(いきもの)が蔓延(はびこ)る世界さ。猛獣から珍獣。特効薬になるキノコから人間をかっ喰らう植物、猛毒を吐く大トカゲ。なんでもありありの魔界が待っている。

 そんなところだから銃器の所持が黙認されるのさ。となると物好きなハンターたちが集まる。ただの猛獣狩りではない。魔界のハンティングだ。
 それがあそこの連中さ。見てみろよ。通路を挟んで俺の隣にあるボックス席。
 金属ケースを慎重に持った集団。あれがハンターさ。

 猛烈な速度で地下のトンネルを抜け出たリニアトラムは、滑らかに減速するとスマートな車体を駅のホームに寄り添わせて静かに停車。一拍の間を空けて、派手なエアー音と共に扉が開き、ひとまずホームへ下り立つ。ハンターの人たちも金属ケースを抱えて俺の後を続いた。
 エアーカーテン式の扉でヘアースタイルを乱されつつ誰も文句を言わないのは。カビ毒を車内へ持ち込まないための処置だから仕方がない。



 2317年12月。西日本リニアトラム甲楼園駅。

 駅構内から遠望する周辺の空は相も変わらずCO2(二酸化炭素)をしこたま溜め込んだどんよりとした曇り空だった。
 それにしても、地上に出るのは何年ぶりだろう。今や一般人は海中都市に移住しているので、地表を歩くことは無い。カビ毒で死にたくないからな。

 構内にあるケミカルガーデン情報掲示板を見る。
 カビ毒警報は出ていなし、その右、外気温の欄も緑色で34℃を表示していた。
 今日は比較的気温が低いので緑さ。40℃を越えるとオレンジ、45℃以上は赤色に変わる。真夏になると60℃近くにまでなる。
 34℃なら耐熱スーツ無しで歩けそうだが、その湿気たるや、猛烈に絡みついてくる。

 憂(うれ)いを帯びた気分で、念のためリュックからカビ毒ガード用のマスクを装着して一歩外に出た。

 むんっと、圧し返してくるような熱気が全身にまとわりつく。これでもまだ駅構内から冷気が吐き出されているはずなので、本物ではない。
 さてどっちへ行こうと思って笑っちまった。
 どっちに進んでも準禁止区域にぶち当たるのさ。できたら町の中で何かケミカルガーデンぽい物を探したいな。

 駅の外で最初に目に入ったのはモーターカーのレンタルショップ。ガソリン燃料が枯竭した世の中なので大昔の内燃機関を積んだクルマなんて存在しない。
 でもって。にわかハンターたちはここでモーターカーを借りる。それは猛獣を追い掛けるのが真の目的ではなくて、浮浪者や極悪連中から逃げることができるからさ。
 な? 世紀末を感じさせるだろ?
 もっと本格的にやるビーストハンターたちは、ゴロツキが近寄らないジャングルの中をひた歩く。そう、モーターカーなんて密林の中では何の役にも立たないのを知っている。
 どちらに転がっても、今の俺には関係の無いことで……。

 駅から降り立ったのは十数人のハンターと俺だけ。ハンターたちは楽しげに銃を組み立て始め、それぞれに自慢し合う光景を眺めつつ、数歩進んだが一旦引き返し、動き出したハンターの後を付いて行くことにした。

 だけどあれだな。銃を担いだハンターたちに付いて歩く俺って、ちょっと情け無い絵になるけど、背に腹は変えられないよな。だけどそういうのは長く続かないもので、その人らもそれぞれに行き先がある。パラパラと人ごみがまばらになり、気付くと俺一人。腰を曲げて地面を見つめてキョロキョロ。まるで挙動不審者。ハンターが離れて行ったのはこのせいか? と自嘲しつつさらに進む。

 人気(ひとけ)が無くなるとやっぱり無防備の俺は危険だ。自然と土産物屋や商店が並ぶ比較的逃げ込みやすい場所を選んで歩いていた。
 すべての店舗は透けたガラスで店内を曝しているが、どこも熱気とカビ毒から逃れるためにぴっちりと閉められており、密封状態だと言ってもいい。

「しかし、なぁんも無いな」
 ケミカルガーデンへ行ってきました、と言える物は何も無かった。綺麗に舗装された道路は巡回ロボットの清掃が行き届いていて、ペンペン草の一本、いやゴミ一つも落ちていないのは、俺や村上の住む南港プロムナードの町と同じだ。

「もうちょい。町はずれに行ってみるか」
 危なっかしいヤカラも見当たらない気の緩みから漏れた独りゴチに、ニヤケつつ路地を進む。

 この町唯一の銃器屋を通過。ここでいつも浮かべる疑問がある。
 普通はジャングル周辺、ハンティング場がある町には何軒かの銃器屋さんがあるものなのだが、なぜかこの町には1軒しかない。
 理由は知らない。というより銃器なんて興味がない。だって俺はハンターじゃないもの。


 そろそろ町の外れだと思しき場末の食べ物屋さんの角まで差し掛かった時だった。

「ちょっとぉ。やめてよ! いやぁ!」

 黄色い声音、しかも明らかに迷惑だと主張する声が響き渡った。
「へへへ。かーのじょ。お一人?」
 俺の足が金属製に変わったのかと思うほどに重くなって動きが止まった。もう一歩も前に進まい。
 いや。進みたくない。

「ダメ! 引っ張らないで!」
「オレたちと、イイことしようぜ」
 続いて聞こえてきたのは背筋が粟立つような不快な言葉。これはタダのナンパではないことは容易に察する。準禁止区域のほんの近く、町から外れた路地。そんなとこへ女の子が一人で歩くからいけないのだ。
 なぜこんなところに女子が、と思うより先にそう思った。

「ごめんなさーい。ゆるしてくださーい」
「へぇっへ。許してやるさ。すんだらな」

 何をされるのか……。言わずもがなさ。
 へたすると闇の世界に売られてしまうかもしれない。それぐらい今の日本は町を一歩出ると治安が悪いのだ。

 駅の構内に掲げられていた文字が目に浮かぶ。
『町の外は準禁止区域です。そこへの侵入は自己責任となります』
 警察の手も入らないスラム街へ一人でノコノコ入り込んだ少女。知っててこの区域に入ったのなら、自己責任だ。誰も助けには来ない。だからあえて俺も危険を冒す気は無い。

「きゃぁー。たすけてぇぇ」
 ん?
 少々真剣みの欠けた悲鳴に感じたせいで、駅へと踵を返しかけた体が止まった。色々な疑問が脳裏を駆け巡る。

 危険と分かっていながら、なぜこんな場所に入り込んだのか?
 この子が演技臭いのはなぜか。
 それよりもこの声がどうも心に引っかかる。脳髄の奥底に眠る何かが俺の足を引き留めるのだ。

 やめておけ……。
 でも、助けを求めているのに、ここで駅へ逃げ帰ったら卑怯者だ。
 誰かが遊んでるんだよ。
 いや、マジだったらこの先に町はない。したら痴話喧嘩では済まない。
 自問自答が続く。でも足は確実に駅とは逆の方向へと進む。

「いやがってるだろ! 手を放して……」
 意思に反して俺の喉から言葉がこぼれ出た。しかしコンマ何秒かで後悔に切り替わる。マジもんの悪党たちだった。
「その子嫌がってますよ……たぶん」
 一気に萎えて、言葉遣いもおかしな具合になった俺に、
「ダレだ、テメエ?」
 一人が振り返り、その肩越しに震える少女の姿を見た。
 リュックを背負いクリクリと丸まった栗色のクセっ毛が可愛い女の子だった。目に映った途端にドンッと胸が撃たれた。電気が走ったのさ。
 俺より小さな体の割りにムチムチボディが、ってぇ――言っている場合ではない。

「へいへい、へぇーい。正義の味方登場ってか? そんな時代はもうとっくに終わったんだぜ、坊主!」
「ぐぇぇぇ、ぐ、ぐるしい」
 もう一人のモヒカン頭の男に襟元を鷲掴みにされた。
 厳つい刺繍を施した耐熱スーツを着込んだ三人組だ。
 うあぁ。最悪じゃねえか。しくったぜ。

 山河修一、生まれて17年間で最大の危機だった。