【ツインズさまにはあらがえない】 作:雲黒斎草菜(利用規約


この物語はフィクションです。実在のよく似たタイトルの作品・土地・人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。

『ツインズさまにはあらがえない』 作:雲黒斎草菜
2017年 7月 11日(火)

荷物運びのバイト


 時は流れて半年後、夏、夕刻。気温49℃。

「ほらヘタレの下っ端。シャキシャキ歩るきぃや」
「俺は山河修一と言う名前があるんだ。下っ端は百歩譲ったとしてもだな、ヘタレではない」
「何ゆうてんねん。ヘタレや、ヘタレ。悔しかったらあたしらの試験を受けてみいな」
「昇級試験よ。正式にガーデンハンターのメンバーとして迎えてあげるわよ」
 厳しい口調の麻衣から追い込まれようと、マシュマロみたいに柔らかい口調の麻由に誘われようと、それだけは首を縦に振らんからな。

 こいつらの試験というのはケミカルガーデンに入ること。
 真っ平ゴメンさ。死んで来いと言うのと同じなのだ。

 もしかして、俺ってしくじったかな。
 てなことをつぶやいて回顧するには、少々説明が必要だろう。
 そう、俺の生き方を鋭角な方向へ転換させられた要因は、半年前の甲楼園駅で起きた事件だったことを打ち明けておこう。


 2318年1月。
「修一! 大成功だ。変異体生物の単位貰ったぜ」
 と言って教室に飛び込んで来たのは村上幸久。嬉しそうに2枚の書類をピラピラさせて俺の机の前に立った。

「おほぉ。俺の分も。助かった。単位取れなかったら俺、留年決定だったんだぜ」
「オレもさ。オレと修一はどんぐりん背比べだからな」
 あまり比べたくないが、ま、アタマのレベルは同じようなもんだ。

「それより決定的だったのは、お前が持って帰って来た変異植物のサンプルさ。学校の理科室に保存されることになったんだ。先生が言うにはメチャクチャ珍しい物らしいぜ。あんなのどうやって採って来たんだよ」

 後から聞いた話だが、ケミカルガーデン深部に行かないと見られない物らしく、それを惜しげもなく俺にくれたあの双子の少女。たしか麻衣と麻由と呼び合っていた。童顔でクセっ毛、メリハリのあるボディは今でも目の奥に焼き付いたままで、寝ても覚めても瞼の裏に二人の顔が浮かぶ。

 いささか病的だと村上は言うが、俺の真剣さに少し驚き、
「そりゃ、運命の人との出会いだったんだぜ、修一」
「かな?」
「そうさ。よく言う赤い糸伝説さ」
「俺ってヘンタイかな? 赤い糸が二本見えるんだ」
「そりゃぁ…………ヘンタイだな」
 そこは否定してくれよ。

「そういう時は、気が済むまで悩めばいい」
「悩み疲れたんだ」
「オマエ、何もしないでそれは無いぜ。じゃあ死ぬ気で調べてみろよ。探し出してそれからアタックすればいい。どうせフラれるんだとしても、あきらめがつくだろ?」
「なるほど……」
 って、フラれる前提でもモノを言うのが気にくわんが、的を射た意見ではある。

 唯一無二の友人の言葉をありがたく受け止めた俺は、二人が名乗っていたガーデンハンターという言葉から調べまくった。したら、いくつかの事実が浮かび上がってきたのだ。

 まず吃驚(びっくり)したのは、同じ高校の一つ下の学年にいたこと。灯台下暮しとはこのことだよな。
 それからあの川村教授の愛娘(まなむすめ)、川村麻衣(かわむらまい)と麻由(まゆ)だと言うこと。
 ちなみに川村教授夫妻を知らない人はこの日本ではいない。変異体生物の研究で超有名な夫婦なのだが、調べていてここから俺の庇護欲が爆発したのさ。

 2年前、川村教授夫妻は九州へ調査旅行へ行った際に、変異体生物に襲われて亡くなったという事実。そして親族から寄せられた引き取りの声を拒絶し、二人は両親が残してくれた研究所に移り住んで、学費と生活費を稼ぐため変異体植物の花屋を営んで、極貧ではあるが、何とかしのいでいるという現実。そしてそれを微塵も感じさせない明るい笑顔と悪党を蹴散らすあのたくましさに、俺は胸を撃たれた。

 ああぁ。麻衣だったか麻由だったか忘れたが、あのショットガンでこの胸を撃ち抜いてくれ。あの鋭いナイフで俺の熱き心臓を一突きにしてくれ……と、ミュージカルならそう歌いあげるんだろうけれど、いかんせん俺もそんな感じさ。熱き青春の血がたぎったのは間違いない。
 病気だな、実際。

 あ、そうそう。ガーデンハンターとはその子らが営む店の名前で、女子中高生で知らないヤツはいないほど有名な店らしい。なぜそんなに有名なのか――俺はまったく知らなかったけど――それは彼女らが自らケミカルガーデンへ商品を仕入れに出向くレッドカード所持者だからさ。
 レッドカードとは。超危険なケミカルガーデンへ自由に出入りでき、町中(まちなか)でも警官と同じように銃器の所持が許可される。それがレッドカード所持者さ。そんな女子高生はたぶん全国どこにもいないだろな。これではっきりした。あの時あの子が持っていたショットガンは不法所持でも何でもない合法的所持なのさ。

 可愛い双子の女子高生が、生活のためにとは言え危険と紙一重のケミカルガーデンから生気あふれる珍しい花を採取してきて販売する店。こんなシチュエーションに共感した若者がこぞってファン化するのは当然で、また制服のミニスカートでショットガンを担いで歩くという双子の織りなすスタイルは目立つこと請け合い。中高生のあこがれの的となり、同じ恰好を真似るガーデンガールと呼ばれるファッションが広まりつつあるらしい。

 さぁーて、ここからが俺の極秘情報さ。ファンには封印してある事実がある。
 彼女たちが両親から仕込まれたサバイバル術は本物。でもそれを前面に出すと可愛らしさが薄れると、ひた隠しにしている。
 でも俺は知っている。あの時悪党どもを一目置かせた度胸と恐れを知らない勇気は真に迫る本物で、目の当たりにすりゃあ誰だってマジで鳥肌が立つ。だから俺はそこに惚れちまったんだ。
 てなわけで、数か月は要したが、なんとかガーデンハンターを探り当て、バイトさせてもらえるところまで近づけたのさ。
 ほとんど、奴隷化してっけどな。



 でもって、話しはさっきの夕刻に戻る。

「だいぶ涼しなったな。麻由」
「うん。夏といっても、夕方になると過ごしやすくなるよね」

(なに言ってやがる……)
 小声で言ったつもりだったが、きっちり耳に入ったようで、
「なんやの? 文句でもあんの?」
 槍のような視線で睨まれて頭をぷるぷる。

「ない……。けどある」
「どっちやんねん?」
 コクンと小首を傾げる素振りが可愛いな。麻衣……だと思う。どっちもまったく同じ顔と体形だから区別はつかん。でも普段から大阪弁で喋るのが麻衣で、ぶりっ子ぽく喋るのが麻由だ。口調以外の違いは無い。このあいだ探してみたが徒労に終わった。
 ただし口調云々も当てにならない時がある。こいつら興奮しだすとそれを逆転させるから。もうそうなった瞬間からどっちが麻衣で、どっちが麻由だか分からなくなる。

「お前らが着てる耐熱スーツって業務用だろ? 俺のは一般のオモチャみたいなヤツだからたいして涼しくないんだ。なのにこんなに荷物を持たされて……」
「なんや、不服かいな? 耐熱スーツの差は収入の差や。悔しかったらうちらと同じ業務用を買(こ)うたらええねん。それから荷物を持たされてるのは、駅からうちらのお屋敷まで収穫物を運ぶのがあんたの仕事やからな。どうや? なんもおかしいことゆうてないやろ?」

 言われるとおり、反論の余地が無い。
「あー。にしても暑いぜ、ちくしょう!」
 仕方がないので、覆い茂ったジャングルに向かって文句を吐いておく。

 真夏のジャングルは気温50℃を越える。湿度も天井知らず、そんな中を歩き回るには耐熱スーツと呼ばれる特殊スーツが必須なのさ。構造は簡単、少し厚手の特殊素材のスーツで、バッテリ駆動の冷却スーツだ。ダイビングスーツにクーラーが付いていると思ってくれ、柔らかく丈夫な生地で、体の曲線がキレイに映し出してくれる物だから、俺の視線が二人から剥がしにくくて苦労する。

 もちろんスーツにもピンからキリまであって、二人のスーツは背中と胸にガーデンハンターの『GH』のロゴがデザインされた特注の物。白地に赤いラインが両腕から肩までと、ハイネックの襟の周りから腹に掛けてファスナーをセンターにして走っている、上下が繋がった一見してレーシングスーツみたいな立派な物だが、俺の着るスーツは安物のペラペラ。だから外気をもろに感じる。着ていないのかと思うほどさ。

 そうだ。スーツを買えばいいと言われて思い出した。
「俺のバイト代、先月の分貰ってないんだけど」
「肝っ玉の小さいヤツやで……」
「おーい。そんな言葉で切り捨てんなよ。当然の権利だろ」

「ねえ。修一ぃ。それだけどさ。ちょっと待ってくれない。明日納品したら大きな額になるの。そしたら今月の分もまとめてお支払するからさ」
「まぁ。それならいいけど」
 麻由みたいに優しい言葉遣いで接してくれるんなら、俺も鼻の下を伸ばして待つというもんだ。あ、いや。鼻の下を伸ばしてる場合じゃないな。延ばすのは期日だ。

 俺の前を歩く同じ丸い肩の右側に向かって言う。
「お前も麻由みたいに言えないのかよ。なんだよ肝っ玉の小さいって」
「小さいもんは小さいねん」
 気になるから何度も言うな。

「でもよ。ファンも大勢いて店は大繁盛なのに、なんでいつも赤字すれすれ低空飛行なんだ?」
「ケミカルガーデンへ行くとな、経費が掛かるんや」
「まぁ。冷却機材にカビ毒防止剤や銃弾もタダではないのは知っているけど……そんなに掛かるのか」
「せやで。万全の準備をして行くから、うちら生還できるんや。遊びやないんや」
 重々しい話をしてくれるが、行ったことの無い俺にはいまいち真実味が薄い。

「修一も一度行くとイイよ。夏休みなんだから」と麻由が言い出し。
「そうやな。夏休みに入ったんやし、やっぱし昇級試験を兼ねて一泊で行こうか?」
 俺の心臓がどくりっと脈を打ち、暑くてたらたら流していた汗とは明らかに異質の汗をかいた。
「一泊?」
「そうや。キャンプや」

 色々な甘酸っぱい期待が滲み出て来て、
「いいねえ……」
 と言いかけて、慌てて頭(かぶり)を振る。
「や、や、やめ、やめ。ケミカルガーデンで宿泊するのは自殺行為だ。いるとしたら遭難したヤツだ」
「アホか。うちらはしょっちゅう中でビバークしとるで」
 信じられん……。

 うなだれて、黙々と歩を進める。


「暑い! 喉が渇いた」
「1分と黙ってられへんの?」と麻衣が怖い顔をするが、
「あたしたちのお屋敷に着いたら、お腹いっぱいお水飲んでいいからね……冷蔵庫の冷たいお水よ。いいでしょ。電気が使えるのよ」
「せやけど氷は無いで。辛抱してな」
 今、電気があることを自慢げにほのめかしたのにはワケがある。

 二人が住む屋敷は、リニアトラム甲楼園駅からジャングルを二分する川を遡った先にある山岳地帯の麓なのだ。もちろん準禁止区域内。すなわちこの区域に人は住んでいない。だから水道も電気も無いのが当たり前で、一般市民はとうの昔にいくつかの海中都市に分かれて移住した。俺が住むところは、なんば南港プロムナードと言うんだ。
 二人がここに住んでいるのは、ご両親の研究施設を住居として、さらにレッドカード所持なので政府も黙認したからさ、そういうことで、彼女ら以外にこのへんをうろつく者は不法侵入者か浮浪者、犯罪者のどれかだ。ハンターは別だけどな。

 ついでに言うが、人じゃないのは数知れず。オオカミに戻った野犬や、豹に戻った野良猫の群れなどは可愛いもんだ。恐ろしいのはライオンと野牛を掛け合わせたような変異進化した大きな猛獣、ブラックビーストさ。こいつはショットガンでも一発では仕留められないすんげえヤツで、そのでっかい牙で喉を掻っ切られた浮浪者が何人もいる。
 さらに凶暴なのがバードオブプレイだ。これも変異した鷲科(わしか)の猛鳥だけど、それがでっけぇんだ。人が住まなくなった家の屋根を平気で引っぺがして、そのまま中に巣を作る肉食夜行性の鳥だ。その昔、映画で見た『プテラノドン』とかいうのとそっくりだ。

「よくこんな駅から離れた物騒な土地に住んでいられるなぁ。お前ら……」
 河原を歩く俺はうっそうと茂るジャングルの奥を覗き込んだ。

「物騒って言ったってぇ。南のジャングルから比べたら……。ここらに出るのは、普通の犯罪者か、ゴロツキでしょ。たまーに猛獣が出るけどね。ずっとマシよねぇー麻衣?」
 犯罪者やごろつきに普通と、普通でないジャンルが存在するのだろうか?
 何に対して麻衣に同意を求めたのかよく分からない問い掛けに、こっちも平気な顔で答えた。
「ほんまやな。あそこは本気でヤバイもんなぁ……。それより麻由。例のサンジルゼンガが花付きそうなんよ。近いうちに採取しに行こか?」
「ほんと? 嬉しいぃ。あれ高く売れるんだもん。これで銃の弾が買えるね」
 おいおい女子高生がなんちゅう会話をしてんだよ……。

 はぁ~あ。
 二人の背中で揺れるショットガンへ向かって息を吐く。あれ本物だからな。
「あ……」
 数分下を向いて歩いていたら、右が麻衣だか麻由だかもう分からなくなった。こいう時はいつも俺は思う。
 端正な顔立ちに潤みを帯びた黒い瞳も、ふわふわとした栗色のクセっ毛もどっちもまったく同じ。つまりだ。どちらに抱き付いても結果は同じさ。俺には分かる。
蹴り上げられ殴り飛ばされ、ボコボコになるだろう。

 ははは。
 現実はそんなものさ。妄想だけにとどめておけばいい。だって俺の目の前50センチで、二人が甘い香りをまき散らして歩いているんだ。
 重い荷物が肩に食い込むが、歩くたびに気持ち良さそうに揺れる二人の尻を交互に拝んでいれば痛みも薄れる。

「どないしたん? えらい静かになったな。死んだんかと思ったがな」
 振り向いた麻衣のケツから慌てて視線引き剥がす。
「あ、いや。考え事さ」
 冷や汗が伝ったが、この暑さだ。問題無い。
「もうちょい辛抱しぃな。あとこの坂、登ったら、すぐにうちらのお屋敷やからな」
 またもや可憐な瞳を向ける麻衣――だと思う。関西弁なのでな。