今だから言える12 酔っ払いはどこへゆく(どこか行きたい病) No. 48
 酔うと人それぞれいろんな癖が出ると思います。わたしの場合、どっか行きたい病になります。知らない土地へフラフラ行きたくなるんです。

 その日も友人と飲んでいて、いきなりどこか行こうと盛り上がり、たまたま近くのバス停で停車していたバスに乗り込みました。行き先なんて見てません。どこかへ行ければそれでいいんです。

 呑んでいる場所から考えると、たいていは大きな駅へ行くのが普通ですので、そのまま座席に座りバスにまかせてユラユラしてました。案の定バスは阪神西宮駅で終点でした。あまりにもありきたりの場所に到着したので、二人の酔っ払いには物足りませんでした。

 阪神西宮駅はバスステーションになっていて、ここを拠点に四方八方へバスが発車するようになっていますので、周りには行き先不明のバスがたくさん止まっています。あっ、いま行き先不明と書きましたが、本当は行き先がちゃんと書いてあります。でも、この酔っ払いたちには行き先なんてどうでもいいんです。

 二人は乗ってきたバスから降りて、行き先も見ずに別のバスを選んでいました。完全にロシアンルーレットです。

 たくさん並んでいるバスのなかの1台が「こっちらへどうぞ」と手招きをしているように扉が開いているではありませんか。普通の人にはそう見えませんが、酔っぱらいにはそう見えるんです。

 堤燈アンコウのクチにちらつく変なものに誘われる小魚のように、酔っ払いたちはよろこんで乗り込み、そして座席に座りました。乗客は誰も乗ってこず、まもなくして動き出しました。二人ともルンルン気分です。

 やがてバスはだんだんと郊外へ向かいます。ひとけがなくなると酔払いのテンションはますます盛り上がります。バスの中でも缶ビールやカップ酒を飲んで宴会状態です。(公衆道徳がまだ身についていないバカものです。どうもすみません。いまはちゃんとした大人になっていますので安心してください)

 小一時間でバスが完全に停車しました。どうやら最終目的地に到着したらしいです。さらにこのバスが最終便らしく強制的に降ろされました。

 どこだかまったく見覚えありませんでした。宴会に夢中だったのと、夜間のため走行中の景色をよく見ていなかったのです。
 「ここ、どこや?」 といいながら降りていく酔払いを尻目に、運転手はニヤニヤしながらバスを発車させて闇の中に消えていきました。

 そうです、降ろされた場所は家から遠く離れた山奥の鷲林寺というお寺の前でした。あたりは真っ暗で人っ子ひとりいません。秋の虫がむなしく鳴いているだけです。

 鷲林寺というのは甲山からさらに六甲山のふもとに入った、山奥の山道を登りきったところにあるお寺です。当時は民家もほとんど無く、タクシーも走ってませんし最終バスの出たあとですので、次のバスはもう来ません。仕方が無いので二人の酔払いはとぼとぼ家路に向かいましたとさ。あははは。

 20数年前の深夜、鷲林寺の山道を歩いていたのはわたしです。
 バスの行き先はよく確認してから乗りましょう。

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