1980年代・・・目覚め

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NEC 【PC-8001】 本体価格:168,000円
標準実装RAM16Kバイト(32Kバイトまで拡張可能)
(月刊RAM 1982年2月号より)



さぁ。にぎやかになってきますよ。
1980年代に入って各社から次世代のパソコンが登場してきます。2回目のパソコンブームの到来です。
 『ほんと。だいぶパソコンらしくなってる。』

 上の写真はCPUにZ80を使用した銘機、PC-8001です。モニターの右横の機械は5インチディスクドライブが2台入ったミニフロッピーディスクユニット、驚きの305,000円です。現代でミニフロッピーといえば3.5インチのことですが、当時は5インチをミニと呼んでました。
 『3.5インチフロッピーは無かったの?』
 ありました。マイクロフロッピーと呼ばれて形もデザインもいまと同じですが、容量が280Kバイトしかありませんでした。
 『なんと、少なぁ~。』

 筆者はこのPC-8001を購入したその晩、うれしくて鼻血を出しました。
 『きゃははははは・・・・・・・。』





NEC 【PC-8801】 本体価格:228,000円
標準実装RAM184Kバイト
(月刊RAM 1982年2月号より)




NEC 【PC-6001】 本体価格:89,800円
(月刊RAM 1982年2月号より)


この時代からマイコンと呼ばずに”パソコン”と呼ぶようになり、アプリケーションも続々と発売されてきました。

PC-8801はビジネス向けに作られており、本体とキーボードが別になっています。現代のパソコンの横型の原型になっていますね。ただビジネスといっても、いまのアプリケーションとは雲泥の差があります。やっと日本語ワープロの赤ちゃんみたいなものが出はじめた時代ですから。一太郎もワードもまだまだ先のことです。

モニターの右横にあるのが8インチフロッピーディスクドライブ、
なんと442,000円です。
 『ぎょぇぇ~。団扇(うちわ)2枚を入れるだけやのに44万円!』
まぁ。確かにいま8インチフロッピーを見たらびっくりするでしょうね。ホントに小さい下敷きくらいありますからね。それでいて薄くてペラペラで頼りなかったです。

PC-6001はゲームユーザーを意識していたのか、サウンドにAY-3-8910という簡単なシンセサイザー機能を実現するICが搭載されていました。このICは業務用ゲーム機にもたくさん使われていました。 さらに、あまり役に立たちませんでしたが、ひらがなの表示ができました。まぁ珍しい部類です。ただし、ひらがなだけです。漢字は無理でした。
使用されているCPUは全機種Z80です。このころはZ80全盛期ですから・・・。
 『テンキーも付いて・・・。
ほんと、いまのパソコンと”見た目”はかわらないね。』






 データレコーダー
(月刊RAM 1982年2月号より)

PC-6001の右にある機械が、カセットテープからプログラムやデーターを読み書きするデーターレコーダーと呼ばれるものです。中身はカセットレコーダーですから音は悪いですが、音楽テープを入れてもちゃんと鳴りました。ですので、プログラムのカセットを入れたつもりでいたら、いきなり音楽が鳴りだして、あわてたこともありました。
 『ぶゎははははは・・・・・。おもろい!』
 もちろんエラーが出ます。
 『あははははは・・・・。オチまでついてるんや!』




 次はCPUにZ80を使用したシャープの有名なmzシリーズです。



SHARP【mz-80K2E】
本体価格:148,000円
標準実装RAM32Kバイト(48Kまで拡張可)
(月刊RAM 1982年2月号より)


このころの国産パソコンにはまだOSという概念が無く、あくまでもBASIC言語のアプリケーションを走らせるのがメインでした。

もちろんマシン語レベルのプログラムを走らせることは可能ですが、メインはBASICでした。ところが、シャープのmzシリーズはクリーンコンピュータと呼ばれていて、メインで走らせる言語を自由に外部から読み込むことができました。BASIC以外にパスカルという言語などもありました。

ただ、読み込むためには例のカセットレコーダーからのインストール方式でしたので、電源を入れてから動き出すまでにかなりの時間が必要でした。

BASICを使用するためには、まずBASICインタプリタ(BASICの元プログラム)を読み込み、それから目的のアプリケーションを読み込まなければいけないという、たいへんな労力を強いられました。


 しかしOSを読み込んでからアプリケーションを走らせるという考え方は現代のパソコンと同じで、かなり進歩していたのですが、なんせ、カセットテープからの読み込みですから・・・。現代のハードディスクからの読み込みとでは1億倍の速度の差がありますので、あまり実用的ではありませんでした。

 『1億倍?・・・。うそやぁ!』
うそです。でも感覚はそれぐらいに感じますよ。だって、メモリー32KバイトのうちBASICのプログラムが16Kとして(実際は何Kかは知りませんが)それを読み込むのに4~5分はかかっていたんですよ。

私は持っていませんでしたので正確な時間は知りませんが・・・。現代のハードディスクで16Kバイトを読み込むのなんて一瞬でしょ。
 『ふえぇぇ・・・。気ぃ長ぁ~。』



次の写真は日立のベーシックマスターJr。CPUは6800でした。低価格なBASIC機で、おそらくPC-6001を意識していたのではないでしょうか。



HITACHI【ベーシックマスターJr】
本体価格:89,800円

標準実装RAM16Kバイト
(月刊RAM 1982年2月号より)

ただ、日立は8080全盛のボードコンピュータの時から、16ビットコンピューターH68/TRを開発するなど、マシン語レベルのモニタープログラムを重要視していましたので、そのあたりがPC-6001とはかなり違っていたのではないでしょうか。最大実装RAMが63.5Kバイトまで可能というあたりに日立のすごさが出ています。

 周辺機器のエプソンは、漢字の印刷ができるインパクトドットプリンターを18万9000円で。紙の両端に穴のあいたファンフォールド用紙に漢字なら60桁、半角テキストで132桁まで印刷が可能でした。

 精工舎のGP-80漢字プリンターは低価格な6万9000円。シャープが2000文字グリーンモニタを3万9800円。カラーモニタは8色・1000文字対応で6万7800円でした。



高級品の部類では、日本初3.5インチフロッピーを2機搭載したソード電算機のM23シリーズ。RAM192Kバイトまで可能。



本体価格:688,000円
RAM192Kバイトまで実装可能
(月刊RAM 1982年2月号より)





日本初3.5インチフロッピー
価格:不明

280Kバイト
(月刊RAM 1982年2月号より)

3.5インチフロッピー1枚に280Kバイトも記憶できて画期的だったそうです。
 『280Kバイトで画期的?』

このクラスになると、性能もすごいが値段もすごくて68万8000円也!
 『プッ!!』




OKIのIF-800model30(カラー)にいたっては!
149万8000円!
 『ゲッ!!』
趣味で購入した人はいたんでしょうか?



OKI 【IF-800 model 30】
本体価格:1,498,000円

RAM/CPUともに不明
(月刊RAM 1982年2月号より)




もっとすごいのは、精工舎のSEIKO9500。16ビットCPUを2個搭載、RAM512Kバイトまで拡張可能でカラー表示。そして、OSがインテル社のRMX/86を採用して、価格305万円です。

 『もう、あたしは死んだ!!』



精工舎【SEIKO9500 C-Ⅱ】
本体価格:3,050,000円

標準実装RAM512Kバイト
(月刊RAM 1982年2月号より)

このレベルはワークステーションクラスですので、パソコンとはいえませんね。




 広告の隅に小さく〝Word-master〟5万1000円。〝CP/M〟6万5000円と書いてありますが、この時すでにCP/Mは世に出ていたんですね。
ハンドアセンブラを続けていた筆者がCP/Mに出会うのは、まだ6年も先のことです。
 『なにそれ?』

〝Word-master〟はエディタのことです。Windowsでいうメモ帳のようなもので、文字などを書き込んでファイルを作ってくれます。おもにプログラムを書くときに使用します。

 〝CP/M〟は・・・。う~ん。
 むずかしい話になりますけど説明しましょうか?
 『もういい・・・。』

 下の写真は、いまはFMVシリーズになっている富士通のFM8と、東芝のパソピアです。当初FM8のことをMICRO8と呼んでいましたが、元祖FMシリーズです。CPUは6809が2個載っています。磁気バブルシステムが搭載可能なパソコンでした。



FUJITSU【FM-8】
本体価格:218,000円

標準実装RAM64Kバイト
(月刊RAM 1982年2月号より)







東芝パソピア【PA7010】
本体価格:163,000円

標準実装RAM64Kバイト
(右のビデオデッキのようなものはミニフロッピー290,000円!!)
(月刊RAM 1982年2月号より)

当時のCPUはインテル系のZ80(メーカーはザイログ社ですがインテル8080のバージョンアップ品です)とモトローラの6809の2大CPUが主力で、いまでいうペンティアムとPowerPCのような感じでした。筆者はこのときは完全にインテル系でしたのでZ80の専門書をむさぼるように読んでいました。

 『ほぉぉぉ・・・。』